Profile

有賀 聡
有賀 聡

Profile

有賀聡(Satoshi Ariga)
株式会社ACHIC 代表取締役(美容歴29年)

群馬県生まれ
山野美容専門学校卒業

 

美容師になったきっかけ

小さい時から髪の毛をいじるのが好きで、大きくなったら美容師に絶対なると思ってたわけでもなく笑、高校3年生になって進路を決めるときに、たまたま病院に入院していて、そのとき仲の良くなった隣の患者さんの奥さんが毎日楽しそうに美容室での出来事を話てくれて、美容師ってなんて楽しそうな職業なんだろうって思い、美容師になるって決めました。
都内の美容学校を卒業後、高級住宅地の広尾にある美容室に入社

 

美容人生スタート

広尾にある美容室は場所が場所なだけに数多くのお金持ちのお客様が来てましたので、とても厳しいお店でした。入社したばっかりの僕は敬語が全く使えず、不器用で覚えも悪くさらに口下手なおかげで、先輩にいつも迷惑をかけていました。当時一緒に入った同期は11名、いつも技術のテストは最後に合格するというくらいの落ちこぼれでした。同期が次々辞めていく中、何度もお店辞めようと思いましたが、辞めなかったのはいつもお客様の言葉でした。「前よりシャンプーうまくなったねとか、頑張ってねとか」その言葉で何度も救われました。11名いた同期も1年半で全員辞め自分一人になったときは仕事量がめちゃくちゃ多く大変でしたが、とても充実していました。
入社3年目に下手くそだった僕も練習をたくさんしたおかげで、スタイリストになる前に指名のお客様が何人もいるという状態になり、急遽スタイリストデビューが決まりました。
スタイリストになって初めて入ったお客様のカットをする瞬間に手が震えたことを今でも覚えています。
そこのお店で掃除の仕方、接客、お客様への気配り、技術、髪の毛の知識など全て教わりました。自分のベースになってるものを最初に教わったので今でも最初に入ったのがこのお店でとても良かったです。

その後地元群馬伊勢崎に戻りました。
最初伊勢崎に戻ってきたときは東京と群馬のパーマのかかりの違いにびっくりしました。「ゆるめにパーマをかけてほしい」と言われてパーマをゆるめにかけるとすべてかけ直しになるという事態。かけ直し連発でとうとうお店からパーマのお客様に入るのを禁止されてしまいました。そこで他のスタイリストのカウンセリングと仕上がりのスタイルを見ると、ゆるめと言ったパーマのスタイルが自分の基準より強いことがわかり、その後かけ直しがなくなりました。
そこのお店は制服があって2枚支給されたのですが、二日間だけその制服を着て三日目から私服でお店に行くという今から考えればとても非常識な行動を取っていたにも関わらずそこのお店でもとても良くしていただきました。
その後独立に向けて選んだお店は、個人店のお店でした。
最初のお店が30名いたお店、次のお店が8人いるお店だったので、僕がお店を出すときは最初二人くらいで始めようと思っていたので、個人店で働いてみたいというのが理由です。たまたま新規オープンのお店に入社することが決まり、今までのやり方と違い一人一人のお客様に対する接する時間が濃くなってとても勉強になりました。

 

ACHIC
1995年27歳で独立
「独立すればお客様は来てくれる」そう思ってオープンしたのですが、実際は全然お客様が来ない日々。経営の仕方も勉強していなかったし、運転資金も全然なかったので毎日胃が痛くなってました。あまりに電話が鳴らないので、電話が壊れているのかもと何度も電話の受話器を確認したことか。
ただお客様が来なかったおかげで時間がいっぱいあったので、パーマやカラーでなるべく傷めずに施術するにはどうすればいいのか薬品の勉強が出来て、髪の健康を第一に考えたメニューを揃えることができました。
他の美容院にはないオリジナルメニューも増え売上及びスタッフも増え2007年店舗拡張、このまま順調に進むかと思いきや、10年いたスタッフが「今日で辞めます」と突然の退社。その後も一人づつ辞めていき、5人いたスタッフが全員辞めるという事態になりかなり落ち込みました。
ただ元々ポジティブな僕はこれを機会に完全予約制の1日限定5名の少人数しか入れないお店を作ることを決心しました。
お客様を待たせてるというプレッシャーもなくなり、余裕をもって仕事することができるようになってスタッフもまた徐々に増え毎日楽しく仕事ができています。